4日目。
前日とは違って、朝から気持ちの良い青空が広がっていた。
この日は、シアトル在住の日本人お父さん達と交流を図ることになっていた。
昨日までは子どもと一緒にイベントを楽しむような内容だったけど、今日は言ってみれば「子育てをするパパのための一日」だ。
日米のパパ同士でお話をしている間、子ども達には目の届く場所で遊んでいてもらおう。
最初に向かったのは、Green Lake Parkという、湖の畔にある自然豊かな公園。
芝生で寝そべっている人もいれば、ジョギングしている人もいるし、犬を散歩させている人もいる。
子供たちが遊べる遊具も色んなのがあって、まさに絵に描いたようなアメリカの公園だ。
こういう公園が日常生活にあるって、ものすごく憧れる。
僕らの住んでいる区にも公園はあるが、大抵は動物の連れ込み禁止だし、ボール遊び等も禁止。
遊具だって、せいぜいブランコや滑り台くらいしかない。
子どものための公園というより、老人たちの憩いの場になってる。
日本にだってこういった場所はたくさんあるんだろうけど、やっぱりアメリカの日常に溶け込んだ公園は独特な雰囲気だ。
待ち合わせの時間まではまだ少し時間があるし、せっかくこんな良い天気、良い雰囲気の公園なのだから、まずは子ども達と遊ぼう!
…と言っても、息子はこういう時に必ずと言っていいほど単独行動をする。
保育園の頃からそうなのだが、集団で遊ばずに勝手に1人でどこかへ行ってしまう。
父親の僕と2人でアメリカに来ても、やはりそれは変わらなかった。
一人で黙々と遊ぶ。
途中、同じくらいのアメリカの子どもと何か話をしていた。
後で何を話していたのか聞いたら、「ピストルで撃ってくるマネをしたので乗ってみた」とのこと。
さすがアメリカ。
…そんな息子を見ていてふと気がついたんだけど、ウンテイができるようになっていた!
僕が育休をとる前まで、つまり息子をじっくり鍛えるまでは、まるで出来ずに開始2手目で即落下していたのに。
これはなかなか凄い進歩だ!
しばらく1人で遊んでいた息子は気が済んだのか、皆のもとに戻ってきた。
ここで、FJKのSさんが日本から持参した「チャンバラ」で皆と遊ぶことに。
Sさんは「戦(IKUSA)」というNPO法人の事務局長もやってらっしゃって(※2017年当時のお話。現在は退任されています)、チャンバラのセットをわざわざ日本から持ってきてくれていた。
こう見えて剣道有段者の僕は、密かに「ふふふ、強いところを見せてやろう」と思っていたのだが、このチャンバラ、剣道とはまるで勝手が違う。
ゲームのルールとしては、腕に付けたボール(魂)を落とされると負けになるのだけど、後ろから襲ってきた子供たちにあっけなくやられて、僕は何度も討ち死にした。
そうやって遊んでいるうちに、予定していた時間がきた。
最初にお会いするのは、アメリカ生活の長い日本人の建築家のM原さん。
M原さんは奥様がアメリカ人で、大学生と高校生の2人のお子さんを持つパパだ。
M原さんのお話は、僕にとてつもない衝撃をもたらした。
日米の文化の違い、そして子育ての違い。
例えば、日本では「こうしなさい」「これやっちゃダメ」など、ある種の理想の形に押し込めるというか、型に嵌めていくような教育をしがち。
一つ一つの理由説明もそんなにしないで、子どもに対して命じるような形になりがちだ。
だけど、アメリカはそうじゃない。
「これはやってはいけない」と禁止すべきことをピンポイントで提示して、その後に必ず「because~」で理由を説明する。
それには2つの要因があって、一つは英語の文法的な問題。
「Don't ~」に「, because~」と繋げやすい。
これをしちゃいけない、だけで文章を終わらせず、理由説明へもっていくのが簡単なのだ。
もう一つは、地形的な問題。
日本のように、子どもに「こうするべき」と枠に当てはめる教育ではなく、アメリカでは「これをやったら自分が危ない、理由は~」という危機管理の基準を教えて、あとは本人の自由にさせることが多い。
これは、国土の違いが影響しているのではないか。
日本は島国だけど、アメリカはとにかく土地が広い。
狭く限られた国土の中でどうやって生きていくのかという視点ではなく、広い国土の中で自分の身を守る基準を教えた後は、本人の自主性に任せるという視点。
なるほどなぁ。
子供への接し方を、言語や国土の視点で考えたことはなかった。
子供に対し、必ず理由を説明するような接し方は…今までしてこなかったなぁ。
自分自身も親からそういう接し方をされたことがなかったし、理由を聞いても「そういうものなの」という回答がほとんどだった。
口では「自分の好きなように生きてほしい、周りの人に迷惑さえかけなければ、あとは自由にしていい」とは言いながら、「周囲へ迷惑をかけない」の比率がどんどん高まっていって、どこか枠に押し込めるような教育をしていたかもしれない。
ごめんよ、これからは頭ごなしに何かを言うのではなく、必ず絞った上で理由を説明するからね。
自分の自由に生きてほしい、というのは本当にパパの本心なんだ。
公園で遊んでいる息子を眺めながら、僕は静かに我が身を振り返り、反省した。
時間にしたら、2時間もなかったと思う。
あっという間の交流だった。
お話した内容もまだまだたくさんあったのだけど、僕の文章力じゃとても書ききれないので、もしもっと知りたいという方がいらっしゃったら、シアトル最大の日本語情報サイト「JUNGLE CITY.COM」をご覧ください。
こうして4日目の午前中は終わった。
午後はベルビュー図書館へ行き、マイクロソフトに勤務する日本人のお父さんたちとの交流が予定されている。