雑感

夫婦の家事分担に合理性って必要?

最近、ネットのニュースを見ていたら、こんな記事を目にしました。

 

非正規妻との「平等」家事分担にモヤモヤする、管理職夫の言い分ー「年収低い方が家事」は合理的なのか(Yahooニュースより)

 

うーん。

よくある話だと思うけど、家事分担に「年収いくらだから」という概念を持ち込むと、家庭の中がギスギスして嫌な空気にならないかな。

もちろん、それぞれの家庭のやり方があるから一概にどうとも言えないし、この人も不満は抱えつつもしっかりやっているんだろう。

もしかしたら、誰が見ても「もうちょっとちゃんと家事やった方がいいんじゃない?」という奥さんかもしれないし、それは分からん。

 

しかし、年収の額で家事分担の割合が決まってくるというのなら、ある日突然会社が倒産したり、何かの事故に巻き込まれたりしてこの人の収入がゼロになった場合、家事負担は10:0で自分が背負わなきゃならんということです。

普段、収入額でその辺を決めている価値観だと、そういう窮地に陥った時に何も発言できなくなる可能性が高いのだが、その辺は覚悟の上なのだろうか。

 

ちなみに我が家の場合、家事分担に特に決まりはありません。

毎日の夕食は基本的に妻が作りますが、それ以外の家事はお互いやれる時にやれる人がやる、という感じです。

時期によって著しく分担が偏ることもあり、それに対してたまにお互い不満をぶつけたりもしますが、概ね仲良くやっています。

それはお互いに「こっちがこれだけ苦労してるんだから、お前ももっと苦労しろよ」という考え方が嫌いだからです。

 

家庭に限らず、どうも日本にはこの自分が苦労してるんだから相手にも苦労をさせたいという考え方が蔓延している気がします(たとえば、あなたの会社の上司に「俺が若い頃はもっと…で苦労した、だからお前も…」という人はいませんでしたか?)

自分がしんどいのなら、そんなしんどいことは嫁さんにさせるべきではないのに、家事分担の話になると途端に「もっとやれよ、こっちは稼いでるんだから」となってしまう。

そりゃ生活にお金は必要だし、負担が一方的にかかりっぱなしだとキツイと思いますが、家事だってやらなきゃ家庭が回りません。

自分がやらないということは、相手がそれをやっているということです。

結婚したばかりの頃は、相手に楽をさせてあげたいとか、思いませんでした?

 

それに仕事終わって疲れて帰ってきてるのはお互い様なのに、そこで家事の押し付け合いするのって、何か馬鹿らしくないですか?

そんな暇があるのなら、僕はさっさと片づけた方が気が楽です。

特に「俺がしてやったんだぞ」とも思いません。

「俺がやった分、少しは身体休まったかな」と思う程度です。

 

非正規、ということも「仕事が楽」ということと必ずしもイコールにならないと思います、今の時代。

無茶苦茶キツイ仕事を任されている非正規雇用の人も多いでしょう。

妻の会社での様子をずっと見ている訳でもないのに「非正規だから楽なはずだろう」と思うのは、やっぱりこれも夫婦関係にヒビを入れる原因になる気がします。

 

うちの場合、妻は新卒で入った新聞社をもう20年近く続けていて、3回も転職している僕に比べてキャリアは綺麗も綺麗、とても立派です。

収入だってかなりのものだと思います。

でも、そこで「俺の方が」とかつまんないプライド見せるより、妻のキャリアをもっと良くしていくにはどうしたらいいか、どうやって支えあったらいいかを考える方が、夫婦としては前向きだと思います。

だから、家事分担がどうするかという話は、たぶんこれからも我が家には出てこないでしょう。

幸いなことに、僕は料理も掃除も洗濯も、子ども達のお世話も好きなので。

結婚して10年以上経っても、たまには2人でデートします。

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